マスメディアの報道は意図的に角度がつけられ、時として結論ありきの方向に導かれることがあります。しかし「何がニュースかは自分たちが決める」という従来のマスメディアの概念は、ネットの時代ではもはや崩れつつあります。
マスメディアの終わりの始まり
時代の寵児としてマスメディアに報道されていた人や企業が、一時的に問題が生じると、マスメディアは手のひらを返して批判やバッシングが行うことがあります。
この代表例が、トヨタ自動車です。トヨタ自動車は、大規模なリコールがあった時には「経営危機」と報じられ、その後成功した時には称賛されました。しかしコスト削減や役員の減少といった施策を行うと、マスメディアから「下請け叩き」や「独裁体制」といった批判が起こりました。
最近では、パンデミックの苦境にある中でもトヨタ自動車は決算を発表しましたが、その際は「8割減益」というネガティブな見出しで報じられました。こうした報道に対して、トヨタ自動車はオウンドメディア「トヨタイムズ」を開始し、自ら情報発信を行える体制をつくりました。「何がニュースかは自分たちが決める」という従来のマスメディアの概念が崩れ、終わりの始まりが訪れた瞬間でした。
マスメディアの報道は、偏向することがあります。これは報道機関が自分たちは世論を操作できるという前時代的な考え方を持っているためかもしれません。以前は、マスメディアによる世論操作や情報操作が可能だった時代がありましたが、今は違います。
報道には、情報を伝えることによって何を実現したいかが問われます。しかしマスメディアの報道は、時として意図的に角度がつけられ、結論ありきの方向に導かれる場合があります。それが顕著に現れるのが、「見出し」です。新聞記事はもちろんのこと、マスメディアが運営するオンラインサイトでも、「見出し」と記事やコラムの内容が異なっていたり、表現が乖離していることがよくあります。報道内容に角度を付けることに加え、マスメディアは視聴率やアクセス率も優先し、「見出し」は執筆者ではなく編集部が付けているため、こうした状況が起きるのです。
新聞に代表されるマスメディアは公器だとされてきましたが、彼らは発行部数(定期購読者)を増やし、また視聴率を上げなければ広告主が獲得できなくなり、経営が厳しくなります。購読者が減少を続ける週刊誌が、ゴシップやスキャンダルを取り上げるのは、売上げを上げて経営に資するためでもあるわけです。
情報源をマスメディアだけに依存した場合、操作された情報を受け取っている可能性があります。そこで危惧されるのが、高齢者の情報リテラシーです。