また1人、また1人と、将来の幹部候補が抜けていく。きっと、それは偶然じゃない。理由はいくつかある。たとえば、できる社員への仕事の集中だ。できる社員が猛然と働く一方で、できない社員は余裕綽々のランチ遠征&定時帰り。できる社員たちがガマンできないことは、ほかにもたくさんある――。
日本の会社は、意欲の低い人であふれている
アメリカのギャラップ社が世界の企業を対象に実施した従業員のエンゲージメント調査(2017年レポート。エンゲージメントとは、企業への愛着心や仕事への思い入れという意)によると、「熱意があふれる社員」の割合はアメリカが32%なのに対し、日本は6%しか存在せず、調査の対象となった139カ国中132位という悲惨な実態が明らかになった。さらに「意欲のない社員」は70%、「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」は24%に上っていることも明らかになった。
ギャラップ社のジム・クリフトン会長兼最高経営責任者(CEO)は「不満をまき散らしている無気力な社員は、社員としての価値が低いだけでなく、周囲に悪影響を及ぼし、事故や製品の欠陥、顧客の喪失といった問題は、こういう人たちが関与していることが多い」と指摘している(「日本経済新聞」2017年2月27日付けを参照)。
経営者が工夫しなければ、優秀な人は去っていく
意欲の低い人材の生産性を高めようとするとき、「社員のモチベーションを高め、やる気を向上させよう」と考える経営者は多い。そこで多様なモチベーション向上策を講じるが、やる気のない社員の意識を変えるのは非常に難しい。筆者は多くの企業向け研修を手掛けているが、外部から動機付けを行おうと働きかけても、目的意識や向上心の低い人の意識は、容易には変わらない。また意欲の低い人に仕事を好きにさせようと試みても、徒労に終わることが多い。
そのため、達観した経営者は社員のやる気に頼らない仕組みを作ろうとする。社員のやる気の有無に関係なく、成果を挙げさせる仕組みの中核を担うのは、「徹底したプロ意識」の醸成だ。「給与をもらっている分、しっかり働く」という思考と行動を促す。給与は与えられるものでなく、自ら稼ぎ出すものだという意識を植えつける。そして成果を挙げた人材には、正当な報酬を用意する。
経営者によるこうした工夫がなければ、できる社員がどんどん会社から流出することになる。そして、できる社員が流出する職場には、いくつかの特徴がある。
優秀な人を流出させてしまう7つの状況
「有能な社員が辞めてしまう」という問題を抱える企業は少なくない。優秀な社員が退職するのは、仕事の中味の問題ではなく、上司や管理職に起因することが多い。退職される原因として、次の7点が挙げられる。
(1)有能な社員に仕事が集中する
仕事ができる人材は、仕事の精度が高いことに加え、仕事をするスピードが速い。逆に仕事ができない社員は精度が低いだけでなく、仕上がるスピードが遅い。そのため、有能な社員にばかり仕事が集中し、仕事量が増大してしまう。仕事のできない社員は、仕事量が少なく時間的余裕があるので退社できる時間が早く、逆に有能な人材は残業が増えるという悪循環に陥る。
(2)社員との間で個人的な関係を築かず、仕事以外のコミュニケーションがない
有能な部下を辞めさせてしまう上司や管理職は、部下とは仕事のことしか会話をせず、相互に個人的な情報交換を行っていないことが多い。自分の評価に直結する仕事の進捗や成果だけに関心を持つために、部下の生活環境や問題などに目を向けることがない。部下と一度も昼食をともにしたことがないような上司とは、人間として親しみを感じることがなく、情報の共有化もうまく図れない。
(3)よい仕事をして、いつも会社に貢献しているのに、評価を受けていない
有能な人材は仕事の精度がいつも高く、上司や管理職はそれが当たり前だと考えてしまう。毎回よい仕事をしているにもかかわらず、褒めたり昇格させたりする発想にならず、そのまま放置していることが多い。
(4)社員の成長を支援しない
有能な社員ほど自身の能力向上に意欲的で、自らの成長にこだわる傾向が強い。能力向上に結びつかない仕事ばかりさせ、研修などの能力開発の機会を提供していないため、社員は自らの成長を実感できずにいる。
(5)価値観を共有できない人材を採用し、誤った昇格人事を行う
中途採用も含めて、新しい社員を採用する際に人材採用の基準が曖昧なため、基本的な価値観を共有化できない人材を入社させてしまう企業がある。とにかく人手が欲しいと考える企業では、特に生じやすい問題だ。また、仕事ができないのに上司や管理職に媚を売る人材を昇格させるといった誤った昇格人事を行っている企業もある。企業の人事評価制度が機能していない典型例だ。
(6)裁量権を渡していない
有能な人材は自己管理に長けている。しかし、上司や管理職が一律に仕事の進め方や方法論にまで口出ししてしまい、能力のある人材の裁量権を奪っているケースがある。能力のある人材から主体性を奪ってしまうと、労働意欲は大幅に低下してしまう。
(7)尊敬できない上司や管理職の下で働いている
選り好みが激しく、自身に媚を売る人間を登用し、そうでない社員には目をかけないといった上司や管理職がいる企業では、有能な部下は育たない。男性社員の場合、会社や仕事への忠誠心があるので、異動があるまで辛抱するケースもあるが、女性社員の場合は尊敬できない上司の下では働かず、退職してしまうことが多い。
では、有能な人材を引き止めておくには、どうすればいいのか。
優秀な人をつなぎとめる、7つのヒント
有能な人材が退職してしまう問題を解決するには、次のような打ち手がある。
(1)人事評価制度を抜本的に見直し、フラットな組織に切り替える
終身雇用制度と年功序列を前提とした人事評価制度と昇給・昇格基準を改め、管理という仕事しかできない「課長」や「部長」という職位を見直し、年齢でなく能力に応じて登用するフラットな組織に切り替える。
(2)部下とは成功や問題も共有し、共に評価や問題の解決に取り組む
上司や管理職は、部下が仕事で成功した際には言葉にして賞賛し、問題を抱えている場合にはその内容を共有して、ともに解決に取り組む姿勢を持つようにする。
(3)良い仕事をしたら、その都度、最適な評価を行う
部下が良い仕事をしたら、その都度功績を評価し、言葉だけでなく昇給や昇格による待遇で報いる。部下には定期的にヒヤリングを行い、どのような報酬(昇給と昇格とでは似ているようで違う)を本人が望んでいるのかも把握して対応する。
(4)能力開発の機会を定期的に提供したり、社内講師に起用したりする
仕事ができる人材には、研修に代表される能力開発の機会を定期的に提供し、さらに社内で研修を行う際には、社内講師に起用するなど、社員が自身の成長を感じられる手立てを講じる。
(5)人材採用モデルをつくる
社内で活躍する有能な人材の適性を分析し、同じ適性を持つ人材を採用できるように、自社の人材採用モデルを策定して運用する。
(6)自己管理ができる人材は、プロジェクトリーダーに抜擢する
指示や命令をされなくても、自主的に考えて行動を起こせる人材は、権限を持つプロジェクトリーダーに抜擢して裁量を持たせる。上司は指示命令でなく、フォローに回る。
(7)全方位評価を行い、組織風土の最適化を目指す
上司が部下を評価するだけでなく、部下も上司を評価する「全方位評価」を行い、最適な組織風土を実現するように取り組む。この場合、経営陣や管理職も含めた階層別評価を行う。たとえば、一般社員の意欲が低いのに、管理職層の意欲が高い場合には、管理職のマネージメント方法に問題があると判断して、管理職層への改善策を講じるといった具合だ。
どの企業にも通用する報酬制度や、労使ともに納得する昇格システムなどは存在しない。業種や業態、企業の生い立ちや理念、さらには企業の文化によって左右されるからだ。だからこそ、自社に最適な評価と報酬の制度を構築する必要がある。